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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)101号 判決

東京都調布市国領町8丁目2番地の1

原告

ジューキ株式会社

同代表者代表取締役

山岡建夫

同訴訟代理人弁護士

鈴木修

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

同指定代理人

吉村真治

奥村寿一

長澤正夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第1 当事者の求めた裁判

1 原告

「特許庁が昭和61年審判第14720号事件について平成3年3月7日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2 被告

主文と同旨の判決

第2 請求の原因

1 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年4月18日、発明の名称を「ミシンの制御装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和58年特許願第68157号)をしたところ、昭和61年4月10日、拒絶査定を受けたので、同年7月10日、審判の請求をし、同年審判第14720号事件として審理されたが、平成3年3月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年4月22日、原告に送達された。

2 本願発明の要旨

ミシン主軸に連結して駆動または停止するモータ(M)と、

起動操作に関連して起動信号を発生し停止操作に関連して停止信号を発生する操作手段(L、SW)と、

ミシン主軸の特定回転角を検出して位置信号を発生する位置検知手段(NP)、とを有するミシンにおいて、

ミシン縫合部よりも布送り方向手前の布移動経路上に対向配置し布の有無を検知して布有り信号または布無し信号を発生する検知手段(5、WS)と、

上記位置信号を計数する計数回路(CTl)と、

縫製開始から縫製終端手前までの縫い目数に対応する数を設定可能とする設定手段(D、SW)と、

計数回路が上記設定された数の位置信号を計数するのに関連して作用信号を発生する比較回路(CPl)と、

操作手段の起動信号に関連してモータを駆動状態とし布有り信号から布無し信号への変化または停止信号に関連して停止状態とする作動回路(MD)と、

起動信号から作用信号の発生までの間布検知手段と作動手段との間を遮断する規制回路(G2)、とをして、

縫製開始から縫製終端手前までの所定針数の縫い目形成の間検知手段の出力を無効にすることを特徴とするミシンの制御装置(別紙図面1参照)

3 審決の理由の要点

(1) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2) 昭和55年特許出願公開第160586号公報(以下「第1引用例」という。)には、ミシンモータ(M)と、起動操作に関連して起動信号を発生させる起動スィッチ42と、ミシン主軸の針下死点で同期信号Aを発生する回転信号発生器28と、布端検出装置(公報8頁右上欄17行ないし左下欄14行の記載参照)とを備えたミシンにおいて、予めモデル縫いにより複数の一時休止位置までの各縫製長さの針数と終了停止位置を示す停止信号とを記憶させたメモリ29と、メモリから順次読出された針数値を順次入力記憶させる再生レジスタ32と、前記回転信号を計数する再生針数カウンタ37と、前記再生レジスタ32に入力された針数値と再生針数カンウタ37の計数値とを比較し、一致信号を出力する比較器38と、一致信号に応答して停止信号を発生する停止時期制御部45と、操作手段の起動信号に関連してモータを駆動し、停止信号に関連して停止させるモータ作動回路(40、46、47)と、前記終了信号又は布終端検知信号と停止信号に関連して糸切り装置を作動させる制御回路とを備え、縫製開始から縫製終了での間駆動停止を繰り返し所定の縫目を形成した後にミシンを停止させるとともに糸切りを行うようにしたミシンの制御装置が記載されている(別紙図面2参照)。

また、昭和54年特許出願公開第76346号公報(以下「第2引用例」という。)には、ミシンテーブルの布送り出し側に配設され、縫製を終了した加工布Kを自動的に積載するための加工布積載機構11、13、20等及びその機構11、13、20等を作動させるための作動回路28を備えたミシンにおいて、

同一の加工布Kに連続する複数の縫目からなる縫製縫目列を複数形成するために、その縫目列の数を設定する設定手段25と、各縫目列の形成に関連して1個発生させるパルス信号MCをカウントし前記設定手段25により設定された縫目列の数に達した時に制御信号を発生するカウント手段26と、前記パルス信号MCの発生時から所定時間経過後に作動信号を発生する作動信号発生手段(50、53)と、布検知手段6と、布検知手段の布無検知信号とカッター動作信号に応答して作動信号を発生する作動信号発生手段(60、61)と、前記各作動信号の発生を前記制御信号が発生するまでの間無効とする規制回路(46、47)とを備え、予め設定された数の縫目列が同一の加工布Kに形成されるまでは前記作動信号の発生を防止するように構成されることを特徴とするミシンの加工布積載装置(別紙図面3参照)が記載されている。

(3) 本願発明と第1引用例記載の発明の装置とを比較すると、ミシン主軸に連結して駆動又は停止するモータと、起動操作に関連して起動信号を発生する操作手段と、ミシン主軸の特定回転角を検出して位置信号を発生する位置検知手段(NP)、とを有するミシンにおいて、

ミシン縫合部よりも布送り方向手前の布移動経路上に対向配置し布の有無を検知して布有り信号または布無し信号を発生する検知手段と、上記位置信号を計数する計数回路と、縫製開始から縫製終端手前までの縫目数に対応する数を設定可能とする設定手段(後者では、再生レジスタが相当する。)と、計数回路が上記設定された数の位置信号を計数するのに関連して作用信号を発生する比較回路と、操作手段の起動信号に関連してモータを駆動状態とし停止信号に関連して停止状態とする作動回路(MD)とを有する制御装置を備え、所定針数の縫目形成を行い、縫製終端でミシンを停止させるとともに糸切りを行うようにしたミシンである点で両者は一致している。

そして、〈1〉本願発明では、起動操作に関連して起動信号を発生し、停止操作に関連して停止信号を発生する操作手段を備え、停止操作によってミシン駆動を停止させるようにしているのに対して、第1引用例記載の発明では、一時休止位置までの所定の縫製長さの縫目形成後、停止信号の発生に応じて自動的にミシン駆動を停止させるようにしている点、〈2〉本願発明では、設定手段に縫製開始から縫製終端手前までの縫目数に対応する数を設定しているのに対して、第1引用例記載の発明の再生レジスタには、メモリから順次読み出された一時休止位置までの各縫製長さの針目数を順次入力し、終端手前の縫製時に終了停止位置を示す停止信号を入力するようにしている点、及び〈3〉本願発明では、起動信号から作用信号の発生までの間布検知手段と作動手段との間を遮断する規制回路を設け、縫製開始から縫製終端手前までの所定針数の縫目形成の間、布検知手段の出力を無効にするようにしているのに対して、第1引用例記載の発明ではそのような構成を備えていない点で相違している。

そこで、相違点〈1〉について検討すると、ミシンの駆動操作手段として、操作に関連して起動信号と停止信号を発生させるものは、極めて普通に知られており、自動停止に変え手動操作により一時停止させるようにすることは当業者として適宜実施できることであって、また手動操作により停止させても、格別の作用効果がもたらされたということもできないから、相違点〈1〉は、周知の技術手段から当業者が適宜実施できるところである。

次に相違点〈2〉について検討すると、プログラムミシンにおいて、設定手段に所望の針数を入力設定することは従来より普通に実施されていることであるから、メモリから読み出させた針数を入力設定することに変え、設定手段に手動操作で直接的に針数を入力設定することは、当業者が普通に実施できることである。

また、縫製開始から縫製終端手前までの針数を設定しても、一時休止位置までの各縫製長さの針数を順次入力しても、縫製終端において作用信号を発生させるという点で差異はないから、相違点〈2〉は、当業者が必要に応じて容易に実施できることである。

次に、相違点〈3〉について検討すると、第2引用例には、布無検知信号に応答する作動信号を、設定された縫目列に達した時に発生する制御信号が発生するまでの間無効にする規制回路を設けたミシンの制御回路が記載されており、この規制回路を採用し、所定針数の縫目形成の間、布検知手段の出力を無効にすることは、当業者が容易に実施できることであり、その作用効果も格別のものでないから、相違点〈3〉は、第2引用例記載の技術事項から容易に実施し得るものである。

最後に、本願発明の目的、作用効果について検討しても、前記各引用例に記載された技術事項及び周知の技術事項から当業者が容易に予測し得るところである。

(4) 以上のとおり、本願発明は、前記各引用例に記載された技術事項及び周知の技術事項から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4 審決の取消事由

審決の本願発明の要旨、第1引用例及び第2引用例の記載事項、本願発明と第1引用例記載の発明との一致点(ただし、本願発明と第1引用例記載の発明とが、縫製開始から「縫製終端まで」の縫目数に対応する数を設定可能とする設定手段を備えている点で一致するとの点は除く。)及び相違点の認定並びに相違点〈1〉に対する判断は認めるが、相違点〈2〉、〈3〉に対する判断は争う。

審決は、本願発明と第1引用例記載の発明との相違点〈2〉、〈3〉に対する判断を誤り、もって本願発明の進歩性を誤って否定したものであり、違法であるから取消しを免れない。

(1) 取消事由(1)-相違点〈2〉に対する判断の誤り

審決は、相違点〈2〉に対する判断において、縫製開始から縫製終端手前までの針数を設定しても、一時休止位置までの各縫製長さの針数を順次入力しても、縫製終端において作用信号を発生させるという点で差異はないとして、相違点〈2〉は、当業者が必要に応じて容易に実施できることであると判断している(なお、相違点〈2〉に対するその余の判断は争わない。)。

しかし、本願発明の作用信号は、布終端検知無効を解除するものであり、それを発生させる位置(それを発生させるまでの針数)も、縫製終端である必要はなく、その針数から先では縫製終端まで予定外の布終端検知が働く虞のないという針数を任意に選択すればよいものである。

一方、第1引用例記載の発明の作用信号は、一時休止あるいは停止及び糸切り手段を作用させるためのものであり、その発生位置も、一時休止位置及び縫製終端という限定された一点である。

したがって、本願発明と第1引用例記載の発明の作用信号は、それが発生する位置も、それによる作用も異なるものである。

審決は、本願発明と第1引用例記載の発明の作用信号の発生位置及びそれによる作用の差異を看過し、もって、本願発明のように縫製開始から縫製終端手前までの針数を設定しても、第1引用例記載の発明のように一時休止位置までの各縫製長さの針数を順次入力しても、縫製終端において作用信号を発生させるという点で差異はないと誤って判断し、もって相違点〈2〉は当業者が必要に応じて容易に実施できることであると誤って判断したものてあり、違法である。

(2) 取消事由(2)-相違点〈3〉に対する判断の誤り

審決は、相違点〈3〉に対する判断において、第2引用例に布無検知信号に応答する作動信号を、設定された縫目列に達した時に発生する制御信号が発生するまでの間無効にする規制回路を設けたミシンの制御回路が記載されていることをもって、これを第1引用例記載の発明において採用して、所定針数の縫目形成の間、布検知手段の出力を無効にすることは当業者が容易に実施できることであり、その作用効果も格別のものでもない旨判断している。

しかし、第1引用例記載の発明のミシンは、それまでのミシンでは、布端に近づくにつれて、作業者がペダル踏み込み操作などでミシンを低速駆動し、縫い終わり点で停止ないし一時休止させるという、作業者の経験に依存した操作を必要とするための作業効率の悪さを、予め一時休止位置及び縫製終端までの針数を記憶させ、実際の縫製作業においては、一時休止も縫製終端での停止及び糸切りもすべて記憶された針数にしたがって自動的にすることにより解決したものである。したがって、第1引用例記載の発明には、そもそも布終端検知手段が縫製作業中の意図しない位置で作動することを防止するという本願発明の技術的課題は存在しないものである。

また、第2引用例記載の発明は、布センサの布検知によりミシンを起動し、ミシン起動毎に発生するパルスの係数値(これを縫目列の数とする。)が所定の回数となるまで、布センサの布無検知による加工布自動積載手段のエアの噴出及びシリンダの作動をさせる検知手段の出力を無効とするものである。

この布無し検知手段からの出力は、ミシン自体を制御するものではなく、ミシンとは別の加工布自動積載のための装置を稼働させるためのものであり、これによりミシン自体の駆動状態に影響があるわけではない。したがって、ミシンの駆動状態を制御する本願発明とは技術分野を異にするものである。

更に、本願発明における針数の計数と第2引用例記載の発明における縫目列の計数とは技術的意味が異なるものである。すなわち、第2引用例記載の発明において縫目列の数を計数するためには、必ず布無し検知信号が発生する状態、すなわちセンサ上から布が外れる状態を必ず作る必要があり、かつ、センサからの出力を生かしてこれを計数手段とする構成が必要となる。そして、縫製作業中に誤って布がセンサ上から外れるような状態になった場合には、ミシン起動の計数が進み、全く意図していない縫製作業の途中で加工布自動積載手段が作動することになる。

これに対し、本願発明のような針数の計数の場合は、布終端検知手段の出力は全く不要であり、また、縫製作業中に誤って布がセンサ上から外れるような状態になった場合に、多少針数が多くなっても、検知手段の出力を有効とする位置は厳密に特定された一点である必要はなく、縫製終端手前であればよいので、誤作動の発生の心配はない。

以上のとおり、第1引用例記載の発明には本願発明の技術的課題はなく、本願発明と第2引用例記載の発明とは技術分野を異にし、また、その技術事項も異なるのであるから、当業者が第2引用例記載の発明から相違点〈3〉に係る構成を想到することは容易ではないものであり、これを容易とする審決の判断は誤りである。

第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張

1 請求の原因1ないし3は認める。

2 同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

(1) 取消事由(1)について

原告の主張する本願発明と第1引用例記載の発明の作用信号の技術的意味の違いについては、審決は、相違点〈3〉で判断しているところであり、審決が「縫製終端において作用信号を発生させるという点では差異はない。」としているのは、縫製終端の縫製時、すなわち最終の縫い工程において比較回路から一致信号を発生させるという点では格別の差異はないという意味である。

作用信号の作用を最終の縫い工程における自動停止、糸切りという点でみると、本願発明では、縫製終端手前において布検知手段を有効にするための作用信号(比較回路からの一致信号)を発生させ、布検知手段の布終端検知と同時に所定の縫目を縫製した後にミシンを停止し、糸切りを行うようにしており、第1引用例記載の発明のミシンでは、最終の縫い工程の初めに糸切り制御手段28を有効にするためのN信号を発生させ、縫製終了と同時にミシンを停止し、糸切りを行うようにしている。

最終縫い工程の縫製終端の手前で作用信号(本願発明では比較回路からの一致信号、第1引用例記載の発明ではN信号)を発生させ、アンド回路(本願発明ではC2、第1引用例記載の発明では終端ゲート57)を有効にするという点で共通しているのである。

そして、作用信号の発生位置についてみると、布検知手段を用いた場合に、布端検出後に縫製終端が針下まで送られる間に所定の縫目を形成し、その時点でミシンを停止し、糸切りを行わせることは、第1引用例にも記載されているところであり、従来より周知の技術事項であるから、布検知手段を有効にする時期を、少なくとも布端検出後に縫製終端まで所定の縫目が形成されるだけの針数を残した時点以前にしなければならないことは当業者にとっては自明のことであり、縫製終端の手前で、布検知手段を有効にするための作用信号を発生させるよう針数を設定することは当業者にとっては普通に実施できることである。

したがって、本願発明の相違点〈2〉に係る構成は、当業者が必要に応じて容易に実施できるものであり、審決の判断に誤りはない。

(2) 取消事由〈2〉について

原告は、第1引用例記載の発明には本願発明のような、布終端検知手段が縫製作業中の意図しない位置で作動することを防止するという技術的課題は存在しない旨主張する。

しかし、本願発明は、最終工程で布無しを検知してミシンの自動停止及び自動糸切りを行うようにしたミシン(これは本願発明が従来技術として挙げるように周知なものである。)において、複雑な形状、角部を有する布の周縁に縫目を形成する場合に、最終工程以外の縫い工程で、布検知による自動停止、糸切りを無効にすることを技術的課題とするものであるが、最終工程以外の縫い工程を手作業で行うとき、布検知手段の検知信号による停止、あるいは停止、糸切り作用が不要であることは当業者にとって容易に理解することができることである。そして、乙第2号証のミシンに見られるように、最終工程以外の工程で布検知信号による糸切り作用を無効とすることが従来より知られているのであるから、本願発明の技術的課題は、当業者が容易に予測し得る範囲のものである。

また、原告は、本願発明と第2引用例記載の発明とは技術分野を異にする旨主張する。

しかし、第2引用例記載の発明のように、ミシンにより縫製された加工布を自動的に送り出し、積載台に積載するようにした加工布積載装置は従来より普通に知られており、当業者はミシンに係る装置としてその技術手段についても精通しているものである。

したがって、第2引用例記載の発明が本願発明と同一の技術分野に属するものであることはいうまでもなく、原告の主張は理由がない。

そして、本願発明の布検知手段を有する制御装置がミシン自体の制御を対象とし、第2引用例記載の発明の制御装置が加工布積載装置の制御を対象とするものではあるが、第2引用例記載の規制回路は、布検知手段の検知信号による作動信号をミシンによる布周縁縫製の最終工程時まで無効にすることを目的としたもので、本願発明の規制回路と同一の目的を有するものであり、技術的課題、制御対象が異なっても、これから本願発明の制御回路の構成を想到することは当業者にとって普通に想到し得るところである。

これについて、原告は、第2引用例記載の発明においては、縫目列の数を計数するためには、必ず布無し検知信号が発生する状態を作る必要があるのに対し、本願発明の針数の計数の場合は、布終端検知手段の出力は不要である等、本願発明と第2引用例記載の発明の作用信号の発生手段の相違等を指摘し、もって相違点〈3〉に係る構成の想到の困難性を主張する。

しかし、ミシンの制御装置において、設定手段に縫目数を設定し、計数完了と同時に比較回路から一致信号を発生させることは第1引用例にも記載されているように従来より普通に知られていることであるから、設定する数として縫目列の数に代えて、縫目数を採用しようとすることは、当業者にとっては容易に想到し得るところであり、また、制御信号の発生は、最終の縫い工程の初めに発生させても、縫製終端の手前で、布検知信号を必要とする時点以前に発生させても作用効果において格別の差異をもたらされるということはできない。

以上のことからすると、第2引用例の規制回路を本願発明の布検知手段を有するミシンの制御装置に適用することは当業者にとって容易に推考し得るということができる。

したがって、審決が相違点〈3〉に対して示した判断に誤りはない。

第4 証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

また、審決の第1引用例及び第2引用例の記載事項の認定、本願発明と引用例記載の発明との一致点(ただし、本願発明と第1引用例記載の発明とが、縫製開始から「縫製終端まで」の縫目数に対応する数を設定可能とする設定手段を備えている点で一致するとの点を除く。)及び相違点の認定並びに相違点〈1〉に対する判断は、当事者間に争いがない。

第2  そこで原告主張の審決の取消事由について検討する。

1  本願発明の構成等

成立に争いのない甲第2号証(特許願並びに添付の明細書及び図面)及び甲第3号証(手続補正書)によれば、本願の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は以下のようなものであると認めることができる。

(1)  技術的課題(目的)

本願発明は、ペダル操作に関連してミシンを駆動又は停止するとともに縫合部よりも布送り方向手前に配置した布検知手段が布後端縁を検知するときペダル操作にかかわらず自動的にミシンを停止するようにしたミシンの制御装置に関する。

従来、衣服を作るためにミシンを使用して縫製する場合、縫目が布の布送り方向後端から縫い外れないように、縫目が縫い終り予定点である布端縁に近づいたとき、作業者はペダルの踏み込みを小さくしてミシンを低速駆動し、縫い終り予定点でミシンを停止し、ペダルの踏み返し操作により糸切りを行うようにしていたが、縫い終りのこの作業のために作業者はペダル操作に気を遣う必要があり、このため縫合部手前に光を利用した布検知手段を配置し、布後端縁が布検知手段を通過するのに関連してペダルの踏み込み操作にかかわらずミシンを自動的に停止していた。しかし、例えば波形や凹凸状の複雑な形状をした布端縁に沿い縫目を形成する場合、凹凸状の角部において布端縁が布検知手段から外れてミシンが不本意に停止され、作業能率を著しく低下する欠点を生じた。

また、布検知手段による布後端検知に関連してミシンを停止するとともに糸切り手段を作用するものにおいては、上記複雑形状の布や襟や袖口等の四角形の小布片の端縁に沿い縫目を形成する場合、四角形布の角部や凹凸状の角部において布端縁が布検知手段から外れる毎にミシンが停止して糸切り手段が作用するため、布端縁に沿い連続縫目が形成できず、縫製品の品質を低下する欠点を生じた。

本願発明は、上記従来のものの欠点を除去することを技術的課題(目的)とする(明細書2頁9行ないし3頁末行)。

(2)  構成

本願発明は、前項の技術的課題(目的)を達成するため、その要旨(特許請求の範囲記載)の構成を採用した(手続補正書別紙)。

(3)  作用効果

本願発明は、前項記載の構成を採用することにより、縫製終端手前までの針数を計数するまで検出手段を無効にできるので、ペダル等のミシン起動手段を何回操作しても、それにかかわらず常に上記検出手段を無効状態に保持できるから、縫製途中で作業者がミシンを停止しても検出手段が有効化されることがなく、作業者に不安を与えることなく縫製作業が行え、作業能率を著しく向上するとともに、縫製を確実に行え縫製品の品質を向上する等の効果が得られる。また、複雑な形状の端縁に沿い縫目を形成する場合でも作業者は安心してペダル操作による縫製作業を行えて作業能率を著しく向上するとともに、布端縁が布検知手段から外れて不本意にミシンが停止し糸切り手段が作用することはないから、布端縁に沿い連続する縫製品の品質を向上する効果が得られる(手続補正書2頁7行ないし3頁16行、明細書14頁16行ないし15頁2行)。

2  取消事由(1)-相違点〈2〉に対する判断の誤り

原告は、相違点〈2〉について、縫製開始から縫製終端手前までの針数を設定しても、一時休止位置までの各縫製長さの針数を順次入力しても、縫製終端において作用信号を発生するという点で差異はないとして、本願発明の相違点〈2〉に係る構成は、当業者が必要に応じて容易に実施できることであるとした審決の判断の誤りをいう。

そして、原告は、その理由として、本願発明と第1引用例記載の発明の作用信号の発生位置及びそれによる作用の相違をいう。

しかし、審決が相違点〈2〉として認定しているのは(この相違点〈2〉の認定自体については当事者間に争いがない。)、本願発明においては設定手段に縫製開始から縫製終端手前までの縫目数に対応する数を設定する(即ち、手動操作で直接作用信号を発生させるまでの縫目数を入力する。)のに対し、第1引用例記載の発明では、再生レジスタにメモリから順次読出された一時休止位置までの各縫製長さの針目数を順次入力し、縫製終了時に終了停止位置を示す停止信号を入力する(即ち、モデル縫いにより予め計数した一時停止位置までの針目数と終了停止位置を示す停止信号をメモリに記憶させておき、縫製時にこの針目数及び停止信号を機械的に再生レジスタに入力する。)という点である。

前認定の本願発明の構成、作用効果及び当事者間に争いのない審決認定の第1引用例の記載事項によれば、作用信号により、本願発明においては布終端検知無効を解除するという作用を生じ、第1引用例記載の発明においては一時停止あるいは停止及び糸切りという作用を生じるものであり、作用信号による作用に相違があり、また、作用信号の発生位置は、本願発明ではその針数から先では縫製終端まで予定外の布終端検知が働く虞のないというところから縫製終端までの間の任意の位置でよいのに対し、第1引用例記載の発明では縫製終端という限られた位置であるという相違があることは原告主張のとおりである。

したがって、審決が「縫製終端において作用信号を発生させるという点では差異はない」と認定している点は、本願発明の作用信号の発生位置に関しては正確ではない。

しかし、審決の原告指摘の箇所の意味するところは、相違点〈2〉の認定を受けて、作用信号を発生させる縫製工程上の位置のデータとして、本願発明のようにその位置までの針数をそのまま入力しても、第1引用例記載の発明にように一時休止位置までの針数を順次入力していき終了位置において停止、糸切りの作用をする作用信号を入力するようにしても、ともに作用信号を発生させる位置を示すデータを入力することに変わりはないといっているものであることは審決の理由の要点から明らかである。

本願発明と第1引用例記載の発明とで作用信号の発生する位置及びそれによる作用が相違することは、上記の点の判断に何ら関わりのないことであり、このことは、審決の上記判断を誤りとするものでないことはいうまでもない。

そして、作用信号発生までの針数の設定入力手段につき、第1引用例記載の発明のようにメモリから読み出された針数を入力設定することに代え、設定手段に手動操作で直接的に入力することは当業者が普通に実施できることであるとの審決の判断は原告の認めて争わないところである。

以上によれば、その理由の説示において正確性を欠くところがあるものの、相違点〈2〉に係る本願発明の構成は当業者が必要に応じて容易に実施できることであるとする審決の判断に誤りはない。

3  取消事由(2)-相違点〈3〉に対する判断の誤りについて

原告は、第1引用例記載の発明には、本願発明の技術的課題の示唆がなく、第2引用例記載の発明は本願発明とは技術分野が異なり、また、本願発明の針数の計数と第2引用例記載の発明の縫目列の計数とは技術的内容が異なるとして、審決が相違点〈3〉に係る構成を採用することを想到することが容易であるとした判断の誤りを主張する。

まず、成立に争いのない甲第4号証(第1引用例)によれば、第1引用例記載の発明は、ミシンを用いて同一サイズの同じ縫い方を多数枚続けて加工するような細分化された縫製作業を容易にすることを技術的課題とし(2頁左上欄9行ないし16行)、その運転休止又は停止までの各所要の縫目長さを自身で計測し、該計測値を記憶して、以後は該記憶データに従って当初計測した際の加工を容易に複製反復させうるようにした技術手段に関するものであること(同欄2行ないし8行)が認められ、本願発明とは技術的課題を異にすること、原告の主張するとおりである。

しかし、本願発明の技術的課題は当業者にとって何ら格別のものではない。

即ち、前記認定の本願発明の技術的課題から明らかなとおり、布が布検知手段から外れ、布検知手段が布後端縁を検知することによりペダル操作にかかわらず自動的にミシンを停止するようにしたミシンは従来より周知のものである。そのようなミシンにより角部又は凹凸部を有する加工布を縫製する場合、それらの箇所において布が布検知手段から外れる状態が生じ、そのままでは布終端と判断してミシンの停止あるいは糸切り手段が作動する場合のあることは当然のことであり、これに対処する必要があることは自明のことである。

因みに、成立に争いのない乙第2号証によれば、昭和56年特許出願公開第152680号公報は、「特許請求の範囲(1) 電子制御装置を備え、それへの各種設定信号および状態信号の入力に応答して該電子制御装置が縫製御をおこなうミシンにおいて、縫工程数を設定する手段を備え、電子制御装置を、所定の縫工程の終了数を累算し累算値が設定縫工程数に達すると少なくとも布押さえ上げ制御と針上制御の少なくとも一方を含む縫製終了制御をおこなうものとしたことを特徴とするミシン。」(1頁左下欄5行ないし12行)に関する発明に係るものであるが、発明の詳細な説明には、「一般的に言って、縫製を完了すると自動的に針上げ、糸切りおよび布押え上げをおこなわせるのが好ましい。布検出手段を備える場合でも、布コーナー部やカーブなどの縫いにおいてそれが布非検出であっても縫製をおこなうこともある。したがって、本発明の一実施例においては、布検出手段が布を検出している状態での縫製開始から布検出手段の布非検出に応答した縫製停止までを縫一工程とし」(2頁左下欄11行ないし18行)、「(5)低速縫い工程数設定・・・(略)これらの制御に布検出は関係しない。」(6頁右上欄6行ないし14行)、「たとえば第8a図(別紙図面4参照)の上布88bの左下コーナ部に三角形で示すごとくに縫目を形成する場合、斜辺部162およびもう一辺163の縫製においてセンサ56は布を検出せず、しかもそれらの細かい所は布を手で押さえて低速縫いとするのが好ましい。」(9頁右上欄3行ないし8行)と記載されていることが認められ、布検知手段を備えたミシンにおいては、布終端以外に布コーナ部やカーブなどにおいても布非検出の状態が生じてしまうことは当然のこととして認識されおり、それに対処する手段が工夫されていることが認められる。

したがって、布検知手段が布終端を検知することにより自動的に縫製終了及び糸切りをするミシンにおいて、縫製終端までは布が布検知手段から外れる状態が生じても、ミシンが布終端と判断して停止、糸切り手段が作動しないようにするという本願発明の技術的課題は、本件出願当時、当業者が容易に想到することができるものであって、何ら格別のものではないというべきである。

したがって、第1引用例記載の発明に本願発明の技術的課題の示唆がないことを理由に相違点〈3〉に対する判断の誤りをいう原告の主張は理由がない。

また、原告は、第2引用例記載の発明はミシンとは別の加工布自動積載装置を稼働させるものであり、ミシンの駆動状態を制御する本願発明とは技術分野を異にする旨主張する。

しかし、当事者間に争いがない審決認定の前記第2引用例の記載事項によれば、第2引用例記載の発明は、ミシンの制御によってミシンに一体に備えられた縫製を終了した加工布を積載する加工布積載機構を稼働させるものであることが認められるから、ミシンに関する発明とみることができ、本願発明と技術分野を異にするものではなく(当業者が第2引用例記載の発明からミシンに関する技術について示唆を受けることは何ら困難ではない。)、原告の主張は理由かない。

更に、原告は、本願発明の針数の計数と第2引用例記載の発明の縫目列の計数との技術的意味の相違を主張する。

成立に争いのない甲第5号証(第2引用例)によれば、第2引用例記載の発明は、布検知手段4が布端縁の通過を検知し、それにより発生されるパルス信号MCを計数して縫目列を計数し、所定の縫目列に達するまでは布無検知信号に応答する作動信号の発生を無効とする規制回路を設けたものであること(2頁右上欄17行ないし左下欄10行、5頁右上欄9行ないし左下欄6行、6頁右上欄末行ないし左下欄5行)を認めることができる。

したがって、第2引用例記載の発明の縫目列の計数は、センサが布の通過(布無から布有りの状態への変化)を検知することによりなされ、また、検知手段を有効とする位置は所定の縫目列が形成された点即ち縫製終端という特定された位置になることになり、その点で、布終端検知とは関係なく検知され、また検知手段を有効とする位置は厳密に特定された一点である必要はない本願発明の針数の計数(本願発明では、縫製終端直前の角部又は凹凸部以降縫製終端までの間、即ちその地点以降縫製終端までは布無を検知することがないという箇所の任意の位置でよいことは明らかである。)とは技術内容を異にしていることは確かである。

しかし、本願発明及び第2引用例記載の発明の規制回路は、ともに、ミシンによる縫製において、布無状態を検知して縫製終了(本願発明ではミシンの停止あるいは糸切り、第2引用例記載の発明では加工布積載手段の作動)をさせるべき以前の地点において布無状態を検知しても作動信号の発生を無効とする技術である点で共通性を有している。

したがって、布検知手段が布終端以前の角部等で布無状態を検知してミシンの停止あるいは糸切りを行ってしまう従来のミシンの欠点を解決することを技術的課題とする本願発明において、第2引用例記載の発明の前記技術事項に基づいて、布検知手段が布終端を検知する以前において布無状態を検知してもミシンの停止あるいは糸切りをしないよう、布終端以前において布無状態を検知することとなる角部等を縫目が通過するまでは、布無検知手段が布無状態を検知してもその出力を無効とする構成を採用することは当業者が容易に想到することができるものと認められる。

その際、布検知手段の出力の無効とすることを終了させる作用信号を発生させるべき位置が布終端からその直前の角部又は凹凸部の間の任意の位置でよいこと、したがって、その作用信号を発生させるまでの縫目数が右の任意の位置に達するまでの数でよいことは当業者にとって自明のことである。

また、原告は、本願発明では誤って布が布検知手段から外れても、多少針数が多くなるだけであって、布検知手段の出力を有効とする位置は厳密に特定された一点である必要はなく、縫製終端手前であればよいので、誤作動の発生の心配がないとの作用効果を主張する。

しかし、本願発明において布が誤って布検知手段から外れた場合でも誤作動が発生しない(即ち、布終端以外においてはミシンの停止及び糸切り手段が作動しない。)かどうかは、布の角部又は凹凸部の位置、当初設定した布検知手段を有効とするまでの縫目数や誤って布が検知手段から外れた状態において進んだ針数によって決まるのであり、本願発明の構成によって当然に奏する作用効果ということはできないものである。

以上のことからすると、相違点〈3〉に係る本願発明の構成は、当業者が第2引用例記載の技術事項から容易に実施し得るものであるとした審決の判断に誤りはない。

4  以上のとおり、原告の審決の取消事由の主張はいずれも理由がなく、審決には原告主張の違法はない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

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別紙図面3

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別紙図面4

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